なぜ、医師に製薬キャリアへの挑戦を勧めたいのか

by MINIPAPA

家族旅行の間も、私はパソコンを手放せませんでした。

病院からは患者さんについての電話相談が入り、教授などからのメールにも、夜間や休日を問わず対応していました。移動中も仕事をしていて、家族と一緒に車窓の景色を楽しむことさえできませんでした。

製薬企業に移って驚いたのは、勤務時間外にメールなどへ対応する必要がなかったことです。私が働いた職場では、むしろ、その時間に仕事の連絡をすること自体が、マナーとしてよくないと周知されていました。

何をよい働き方とするか。その前提が、それまでいた環境とは違っていました。

異なる文化の中で働くことは、自分に合う働き方を知る経験になりました。同時に、医師として働くことのよさにも、改めて気づかされました。

私が医師に製薬キャリアへの挑戦を考えてみてほしいと思うのは、その両方を経験できたからです。

医学の知識だけでは、共有できない前提があった

製薬企業に移って戸惑ったことの一つは、同じ前提を共有しているとは限らない人たちと、仕事を進めることでした。

私がそれまで働いていた医療の現場では、共通の医学知識を持つ医師たちと、患者さんの診療を中心に仕事をしていました。もちろん、診療方針で意見が分かれることも、多職種との調整が必要なこともありました。それでも、医師同士であれば説明を省ける前提がありました。

企業では、医学の専門家以外にも、異なる経験や役割を持つ人たちと一緒に働きます。同じ課題を見ていても、重視することや優先順位が違います。

自分が医学的に重要だと考えることを、なぜ重要なのかというところから説明する必要がある。相手が何に責任を持ち、何を課題としているのかも理解しなければ、仕事は進みません。

医師であることによって、その場を率いる立場になるわけでもありませんでした。医師はチームの中の一つの役割であり、別の専門性を持つ人の判断を受けて動くこともあります。

こうした働き方への適応は、簡単ではありませんでした。専門知識を持っていることと、その知識を使って周囲と仕事を進められることは、違うのだと感じました。

外に出て分かった、医師として働くことのよさ

異なる前提の人たちと働くようになって、医療の現場で共有できていたものにも、目が向くようになりました。

共通の医学的な土台があり、患者さんの診療という目的を共有できること。意見が違っても、目の前の患者さんにどう対応するかという具体的な課題に立ち戻れること。

そのような共通の土台があることは、仕事をするうえで大きな支えだったのだと思います。

そしてもう一つ、医師として働く中には、患者さんから感謝される機会が多くありました。

自分の仕事が、誰かの役に立っていることを、相手の言葉から直接感じられる。忙しい日々の中では当たり前のように受け止めていた、その機会の多さも、医師の仕事のよさだったのだと気づきました。

製薬企業でも医療に関わり、貢献することはできます。ただ、日々患者さんを直接診て、反応や言葉に触れる仕事とは、貢献の感じ方が違いました。

外に出たことで、医師として働く中で得ていたものが、以前よりはっきり見えるようになりました。

仕事に24時間を捧げなくてもよい

一方で、製薬企業で知った働き方の価値観は、私にはとても合っていました。

仕事に24時間を捧げなくてもよい。仕事から離れる時間を持ち、その時間をお互いに尊重する。私が経験した職場には、そうした文化がありました。

以前は、患者さんについての電話相談に加えて、教授などからのメールへの対応も重なり、家族と過ごしていても仕事から離れられませんでした。相談の内容や連絡の目的は異なりますが、生活のどの時間にも仕事が入ってくる状態になっていました。

当時の時間の過ごし方には、今も後悔があります。

転職先では勤務時間外の対応が不要になり、家族と過ごす時間が増えました。

そして、余白ができたことは、仕事にもよい変化をもたらしました。仕事から離れる時間を持てるようになった分、仕事に向き合う時間の密度を高められるようになったのです。

ずっと仕事に対応し続ける働き方とは違う、力の注ぎ方がある。それを自分自身の経験として知ることができました。

もちろん、会社や役割によって働き方は異なります。海外との仕事には時差もあり、生活との調整が必要になることもあります。

それでも、仕事から離れる時間を持ち、家族と過ごし、仕事には密度高く取り組む。その働き方は、私が望む生活に合っていました。

これまでの仕事を大切にしながら、働き方を選び直す

医師として働くことには、外に出たからこそ分かったよさがありました。同時に、仕事に24時間を捧げず、余白を持って働くという新しい価値観も、自分には合っていました。

元いた場所のよさを理解することと、別の働き方を選ぶことは、両立するのだと思います。

臨床や研究にやりがいを感じることと、その働き方をこの先も続けたいと思えることは、別の問いです。これまでの仕事を大切にしながら、自分や家族との時間も含めて、働き方を選び直してよい。

私が製薬キャリアへの挑戦を考えてみてほしいと思うのは、その可能性を自分自身が知ったからです。

最初から転職を決める必要はありません。まずは、そこで働く医師の話を聞いてみる。何が違い、何に戸惑い、どこにやりがいを感じているのかを知る。それは、異なる働き方を考える入口になります。

今の仕事の何を大切にしたいのか。そして、どのような毎日を送りたいのか。

別の文化を知ることは、その二つを、自分の言葉で考え直すきっかけになると思います。